コロナに「同一労働同一賃金」対応が追い打ち、雇用市場は混乱必至

4/1(水) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

● 余裕ない企業は派遣切りへ 「同一労働同一賃金」の波紋

 2019年12月末、大手派遣業者の名古屋営業所に、かねて派遣契約の更改を打診していた市内の工業用機器輸入・設備施工業者の総務部長から電話が入った。緊張しつつ応対した担当者に告げられた内容は、「法の趣旨は理解できるものの、現在の当社には派遣社員の時給を6%引き上げてまで雇用する余裕はないため、年度内中に契約を解除したい」というものだった。

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 また、2月14日および18日には、有期契約および有期契約から無期契約に転換した非正規の日本郵便社員が、全国7カ所で正社員との格差是正を求めて集団提訴に踏み切った。原告154人・弁護団43人・請求総額約2億5000万円の大がかりな訴訟の行方は、日本全国の非正規社員の処遇に相応の影響を及ぼすことが見込まれる。

 これらはいずれも、4月1日に施行されたパートタイム・有期雇用労働法(パート・有期法)施行に伴う不合理な待遇の禁止、いわゆる“同一労働同一賃金”がもたらした影響の一端といえる。

● 外国人労働者も対象 混乱は避けられない

 日本の非正規従業員は、2月14日に発表された2019年の速報値で2165万人と、就業者全体の3割超に及ぶ。人口減少社会の到来や団塊世代の定年退職、その後の雇用延長等を背景に、人数に増減がみられる正規従業員とは裏腹に、直近の10年間、右肩上がりで伸びてきた。

 他方、非正規従業員の平均賃金は、正規従業員の約65%にとどまる。経済政策を重視する現政権ゆえ、「非正規従業員の待遇底上げによって個人消費活性化につなげたい」意図に沿って、同一労働同一賃金の立法化が図られた。企業はその分、コストアップするが、それは企業側の努力によって生産性を高めて解決せよというのが、政府の基本姿勢だ。

 このため、対象となる企業側には、相応の負担や混乱が、当然のようにもたらされている。約半年前のデータながら、日本経済新聞社の「社長100人アンケート(19年9月20日)」でも、18年6月29日の立法化から約15カ月の経過時点で、対応が「完了した」企業は4割弱にとどまっていた。

パート・有期法の対応には、就業規則改定が伴う。就業規則は法律上、常時10人以上の労働者を使用する事業場が作成した後に、所轄の労働基準監督署長に申し出る必要がある。規則の変更時にも、労働者の過半数が加入する労働組合(ない場合には労働者の過半数を代表する人)に意見を聞き、意見書の形にまとめた上で、変更届・変更後就業規則と共に所轄労働基準監督署長に提出する必要がある。労働組合組織率が低下傾向にあることに加え、変更には労働者側との合意を要さず、法令に抵触しなければ労働者に不利な内容にも変更可能で、受理も申請手続上のものにすぎない。

 さらに、今般の同一労働同一賃金制度自体には、直接の罰則もない。こうした背景の下で、社会保険労務士資格などを持つ各種のコンサルタントが、就業規則改定を請け負うべく熱心に営業活動を展開する様子もみられるようだ。

 4月の施行は大企業だけが対象となるが、3月13日現在の東証1部上場企業だけで2166社もある中では、相応の混乱は避けられないだろう。念のため地方労働局に照会したところ、この同一労働同一賃金は、性差・学歴差はもとより、日本国籍を持たない外国人労働者についても当然に適用されるとの見解だ。その一方で、こうした点に直接的に言及している報道がほとんどみられないことが気掛かりでもある。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200401-00233392-diamond-bus_all&p=1

● 企業から上がる悲鳴 雇い止めせざるを得ないか

 賃上げの原資が必ずしも十分な企業ばかりとはいえない中で、直接の賃金のみならず各種手当までを同等に取り扱うよう求められる負担は大きく、下手をすれば事業の存続に関わるだろう。雇用者全体に占める非正規従業員比率の高い代表的な業種の1つである日本スーパーマーケット協会からも、16年12月の時点で既に、「急速に人件費がアップするようなことがあれば、企業維持に甚大な影響を及ぼす懸念がある」「前提条件によっては、人件費の大幅な増加により極めて大きな影響が避けられない」という会長からの声明が発せられている。

 こうした中では、「厚遇してまで残すべき対象者か否か」に沿った従業員の選別も行われることになるだろう。冒頭に示した事象以外にも、派遣会社からの賃上げの打診などを契機に、雇い止めを行う動きも出てきているようだ。

 また、「厚遇に合わせるのではなく冷遇で均一化せざるを得ない」という判断の下で、食事手当の廃止などの動きもみられている。

 その一方で、今般のパート・有期法には、正社員との待遇差の内容や理由について使用者に説明を求めた際に、使用者側に説明義務があることも明記された。その結果、納得がいかない場合に行政ADRへの調停を申し立てられることにもなっている。

 雇用を背景としているため、適用判断に個別性が強い一方で、「メトロコマース事件」「日本郵便(非正規格差)事件」など、労働裁判の結果導き出された判例には企業の名称が付く。ガイドラインが示されてはいるものの、どうしても抽象的な部分を残す一方で、有事には風評を含めた二次的な損失を被ることになる企業側には、慎重な対応が求められることにもなるだろう。

● 独自試算で明らか 法施行後に人手不足

 また別の視点では、待遇改善がさらに人手不足を誘発しかねない一面も認められる。時給アップに伴って、労働時間を短縮する動きが代表的だ。

 ごく簡単な試算だが、18年のパート・アルバイト総数は約1490万人となっている。17年9月19日に公表された「パートタイム労働者総合実態調査」(平成28年)上では、パート・アルバイトのうち「就業調整している」割合が約15.4%に及ぶ。両者を乗じた単純平均だけでも、230万人弱に達するため、ごく大ざっぱに言えば、これだけのパート・アルバイトが所得税法上の非課税限度額等に留意しながら働いているのが実情だ。

 今般のパート・有期法の施行と合わせて施行される改正労働者派遣法では、派遣労働者についての退職金支給も法定化される。本稿では詳細な説明は避けるが、支給方法に、「時給に6%を上乗せする退職金前払い方式」と「退職年金制度に加入している場合は掛金を給与の6%以上にする方法」が含まれる。前者に沿って、派遣労働者との間の「不合理と認められる待遇の相違の解消」を図るべく、パート・アルバイトの時給を引き上げる形で試算する。

 非課税限度額として最も多く意識されていることが見込まれる年間103万円に対し、現行の時給を1000円とすると、6%分増の1060円に引き上げた場合には、単純計算で年間約58時間の労働時間が浮く。よって、年収を103万円以内に抑えたいパート・アルバイトは、この時間分だけ勤務時間の短縮を求めてくる可能性が高くなる。

 もちろん全員が103万円ぎりぎりまで働いているわけではないが、約230万人に与える影響は大きく、「人件費を引き上げた結果、さらに実質的な人手不足に陥る」事態も見込まれる。直接の時給以外であっても、所得税法上参入される手当がある場合には、同様の事象がもたらされる。

 こうした影響が見込まれるのが、かねて非正規従業員比率が高い一方で、人手不足が慢性化している外食や小売業界だ。中でも特に深刻なのが外食産業だ。

 2019年12月の有効求人倍率が1.53倍であるところ、飲食物調理は3.59倍、接客・給仕は4.06倍とこれらを大きく上回る。大企業については、2019年4月より月45時間・年360時間の残業時間の上限規制が導入された。加えて同時期に、勤務終了から勤務開始まで11時間以上を空ける2019年4月からインターバル規制までもが努力義務として導入されたことも、実務上の負荷となった。この結果、勤務シフトやローテーションがさらに制限される形となった。

 こうした人手不足だけでなく、働き方改革や店主などの高齢化等も背景に、新たに定休日を設けたり増やしたりする飲食店が見られるようになっている。そうした中でのパート・有期法の施行は、曜日別に営業時間をさらに細かく設定する動きなどをもたらすこととなりそうだ。

● シェアリングが拡大見込みの中で もたらされたコロナショック

 その一方で、黙っていても保有物件であれば固定資産税や営繕費など、賃貸物件であれば賃料がかさむこととなる。単に「営業時間短縮」「ランチ営業休止」等の措置を講じるだけでは、こうした費用を吸収し切れるかどうかは定かではない。

 よって有り体に言えば、特に繁華街や交通の要所などに立地する店舗については、昼または夜の時間帯の厨房・フロア貸しやパーティー・スペースとしての貸与がさらに広がることになるだろう。副業解禁の流れの中で、プロユース中心のスペース貸し市場が週末起業希望者のようなセミプロ層にも広がっていく動きも生じよう。

 そんな中で突如もたらされたのが、今般の新型コロナウイルスの感染拡大だ。スペース貸し市場の動向は、俄然不透明になった。

 飲食業界向け人材紹介サービス会社による調査結果では、既に2月上旬の段階で、飲食店の過半数に新型コロナウイルス感染拡大に伴う来客数減・売上減の影響が生じている。政府から時差出勤やテレワーク推奨、イベントの中止・延期が要請された2月末以降は歓送迎会シーズンにも当たるため、自粛ムードの影響は甚大な水準に達するだろう。

 こうした需要減に対し、多くの飲食店は臨時休業や時短営業によってしのごうとしている。しかしながら、今般の打撃はそうした小手先の対策では乗り切れそうにない。もともと慢性化していた人手不足は、人件費を圧縮しなければならないというプレッシャーを吸収する“調整弁”として機能するが、その範囲を大きく凌駕してしまうだろう。

 4月のパート・有期法施行時に対象となる大手飲食業にとっては、非常に苦しい中で同一労働同一賃金への移行が求められることとなるため、非正規を含む従業員の選別を行わざるを得なくなる可能性も考えられる。

● 可能な消費行動は限定的 消費者金融市場は拡大か

 筆者自身、感染拡大前にスライドワークや時短勤務者を含む周囲の女性職員に「もし勤務時間が1~2時間短くなったらどう過ごしたいか」という簡単なアンケートを実施した。子育てや介護を含め、「まずもってたまっている家事を片付けたい」という返答が大半を占めた後、「余裕があれば、ヨガ・ジム・映画館・動画・カフェ・買い物を行いたい」という希望が多くを占めた。

 人の密集地・閉鎖空間を避けてほしい旨の政府要請や、感染源の報道等により、感染拡大後の現在の状況では、自宅での動画や生活必需品の買い物だけが可能な消費行動として残った形だ。

 平時であっても相当な影響が見込まれた同一労働同一賃金に、新型コロナウイルス感染症が加われば、影響は計り知れない。

 消費者金融専業の与信判断基準がおおよそ年収200万円、銀行系が300万円前後という実情がみられる。1月上旬までは、労働者側の待遇改善によって消費者金融の与信判断が緩和され、借り入れがしやすくなる事態とそれに伴う市場の拡大を予測した。ただ現在では、それとは異なる当座の生活資金などの需要増によって、市場が急拡大する可能性を見込む。

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 (信金中央金庫 地域・中小企業研究所主席研究員 佐々木城夛)